2017年5月30日 (火)

皮膚病雑記帳No.201

●構成生薬の比率

 皮膚疾患に対して2種類の外用薬を混ぜて処方することがあります。その際、混ぜる薬の割合が重要で、知識、経験で割合を決めています。例えば水虫で炎症をおこしている場合には抗真菌剤を主体に少し炎症を抑えるステロイド剤を混ぜて処方します。炎症の程度によりステロイドの分量を加減します。

 先日高山宏世先生の『傷寒論を読もう』を読んでいたところ、麻黄湯の解説の中で、「麻黄湯内の諸薬の分量比は、麻黄三に対して桂枝は二、甘草は一が最適とされています。この比率をはずれると麻黄湯特有の発汗解表の作用が十分に発揮されません。『傷寒論』の処方の構成やその分量比は、古人の幾世代にもわたる長い経験により寸分の無駄もないまでに完成されていますから、その内容や分量は後人の浅知恵で軽々しく変更することは不可能です。」と記載されていました。

 ~古人の幾世代にもわたる長い経験により寸分の無駄もないまでに完成~という表現はとても重みがあります。漢方薬は何種類かの生薬で構成されています。微妙な構成比率が大切で、少し変わると効かなくなることもあります。漢方薬の2剤併用をよくしていますが、2剤で生薬の構成比率が変わるので、あらためて慎重に処方する必要があると思いました。

 外用剤でも漢方薬でも処方する際には微妙な匙加減が重要です。

2017.5.30記載

2017年4月29日 (土)

皮膚病雑記帳No.200

竜胆瀉肝湯

 

 皮膚疾患に時々、漢方薬の竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう)を処方しています。竜胆瀉肝湯はツムラ社の方剤を解説した手帳によると、効能又は効果として、比較的体力があり、下腹部筋肉が緊張する傾向があるもので、排尿痛、残尿感、尿の濁り、こしけ(おりもの、帯下)などに処方するとなっています。個人的には、皮膚科的効能または効果として、下腹部、陰股部の炎症を伴う湿疹、陰部瘙痒症、股部白癬などに処方しています。

 ところでツムラ社の竜胆瀉肝湯の構成生薬は地黄、当帰、木通、黄芩、車前子、沢瀉、甘草、山梔子、竜胆の9味です。ところが
コタロー社の竜胆瀉肝湯はこれらの生薬に、芍薬、川芎。黄連、黄柏、連翹、薄荷、浜防風が加わり、合計16味で構成されています。朮(じゅつ)には白朮と蒼朮とがあり、メーカーによって方剤に含まれている朮が違うのは知っていましたが、竜胆瀉肝湯の構成生薬がコタロー社では16味で構成されていることは知りませんでした。

 今年の3月まで鳥取大学皮膚科に3年間在籍されていた柳原茂人先生の講演を聴く機会がありました。柳原先生は医学生の頃から漢方研究会に入っておられ、若いのに非常に漢方医学に精通しておられます。講演の中で、にきびによく効く方剤が出て来て、竜胆瀉肝湯もその中に入っていました。竜胆瀉肝湯とは下焦の病態に効くものと思っていたので、これまでにきびに処方したことはありませんでした。講演終了後、どうしてにきびに効くのかを質問したところ、コタロー社の一貫堂による処方は効くとのことでした。おそらく他社のものより黄連、黄柏、連翹などが入り、清熱、抗炎症作用が強いためかと思われます。

 同じ名前でも生薬の数が異なる方剤があること、そして生薬の構成で効果が違ってくることを柳原先生の講演で知ることができました。聴いて良かったと思っています。

 

2017.4 .29記載

2017年3月30日 (木)

皮膚病雑記帳 No.199

●木村忠太の絵画と東洋医学

  私の好きな画家の一人に木村忠太(1917-1987)がいます。


 木村忠太は日本でよりもフランスで著名な、知る人ぞ知る画家で、高松に生まれ、東京へ出て、画家となり、1953年フランスに渡り、以来帰国することなく 、フランスの画家としてとして生きた画家です。


 ボナール(1867-1947)の光から出発した木村は、戦後のパリでの苦しい時代を乗り越え、輝かしい光、半ば抽象化されながら、しかも自然と心を感じさせる、大胆な画面構成によって、独自の画風を築いてきた。アブストラクト(抽象)とレアレズムの総合が目標だとし、そのためには東洋の精神が必要だと言って次々と作品を発表してきた。


 キムラは風景の画家であり、光の画家であり、魂の画家であった。どんなに抽象に近づいても、そこには必ず自然があり、風景があった。画家の眼を、画家の心を通じて見た対象があっ た。それは見慣れれば鑑賞する人に必ず分かる自然であり風景である。(以上、ブログ、木村忠太画伯のこと- Biglobeより引用)


 木村忠太の画では確かに西洋人が描けない東洋のこころを感じることができます。光が西洋医学だとすると、魂が東洋医学だと思います。明治以降、日本の画家達は西洋の絵画を吸収しようとしてある程度のレベルに到達しましたが、西洋を超えることはできませんでした。画風は異なりますが、フランスで活躍した乳白色の肌の裸婦像で有名な藤田嗣治(レオナ-ル・フジタ)(1886-1968)も木村忠太のように西洋の絵画と東洋の絵画を融合できた日本人画家の一人と思います。


 木村忠太が西洋の絵画と東洋の絵画を融合させたように、日本人こそが西洋医学と東洋医学を結びつけることができるのかもしれないと思いました。例えばAquagenic Wrinkling of the PalmsAWP)(日本語名はない)は、両手を水に浸すと数分で著明に白色浸軟化し、数十分でもとに戻るという特徴的な臨床症状を呈する稀な疾患です。このAWPに五苓散が奏効した症例を経験しました。AWPの症例の汗腺細胞でアクアポリン(AQP)5の発現が増強しているという報告と五苓散がAQPの水透過性を抑制するとの報告をもとに五苓散を処方したところ改善が認められました。アクアポリンという西洋医学によって発見された水チャンネルに東洋医学で使われる五苓散が奏効したという、西洋と東洋がコラボできた症例でした。


 日本の医療は明治以降、ヨーロッパ、アメリカに追いつけ、追い越せと西洋医学を学んできましたが、西洋と東洋を融合した木村忠太の絵画のような医療を目指していけばよいのかなと思ったりしています。


2017.3.30記載

«皮膚病雑記帳NO.198

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